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富山地方裁判所 昭和30年(ヨ)49号 決定

申請人 日本カーボン株式会社

被申請人 合成化学産業労働組合連合日本カーボン労働組合

主文

被申請人は申請人の富山県上新川郡大沢野町高内一七七番地日本カーボン株式会社富山工場内にある別紙目録記載物件の積卸並に搬出作業を妨害し及び之が輸送の貨物自動車、馬車の通行を妨害してはならない。

申請人の委任する富山地方裁判所執行吏は前項の趣旨を公示するため適当なる方法をとることができる。

(注、保証金三十万円)

(裁判官 藤田善嗣 松本孝一 古崎慶長)

(別紙省略)

【参考資料】

仮処分命令申請書

申請人 日本カーボン株式会社

被申請人 合成化学産業労働組合連合日本カーボン労働組合

申請の趣旨

被申請人は申請人の富山県上新川郡大沢野町高内一七七番地日本カーボン株式会社富山工場内にある別紙目録記載物件の積卸並に搬出作業を妨害し及び之が輸送の貨物自動車、馬車の通行を妨害してはならない。

申請人の委任する富山地方裁判所々属執行吏は前項の趣旨を公示するため現地に於て適当なる処置を講ずべきこと。

右旨の御裁判を求めます。

申請の理由

第一、

申請人会社は現在資本金三億五千万円であり、その事業として

電極、電解板、電刷子、炭素摺板、不滲透炭素及黒鉛製品、炉床内張用カーボンブロック及び炭素煉瓦

その他炭素製品一式

の製造販売をなし、東京都に本店を有し、横浜、山梨、富山、大阪の四工場に於て生産をなし、半期生産高は

第七六期(昭和二九年五月より同年十月迄)に於て金五億二千四百二十一万余円、第七七期(昭和二九年十一月より同三十年四月迄)に於て金四億八千八百三十八万余円であり、富山県上新川郡大沢野町高内一七七番地所在の富山工場は会社全四工場の約六割を生産するものであり、その製品は海外輸出用のものが多く、併せて国内主要製鋼工場に供給されておるものである。

第二、

(一) 被申請人組合は組合員総数五九二名であるところ、昭和三〇年一月二七日の労働協議会に於て

“臨時工員昇格”

の提案をなし、越えて三月二十六日、従来従業員給与の基本ベース一万四千四百円であつたのを

“賃上げ三、〇〇〇円(平均)”

の提案がなされ、同時に之と相前後して申請人会社よりは

“能率給規定改正の件”

を、又組合よりは

“退職金手当規定改正の件”

の二件が提案され、協議が進められたが、労働協議会は打切られ団体交渉は不調となり、組合よりは労働争議の予告がなされたが、右の内退職手当規定改正の件は五月十九日、能率給規定改訂の件は五月二十五日に夫々解決を見るに至つた。

“臨時工員昇格の件”及び“賃上げに関する件”については六月十日迄の間に六回に亘たる労働協議会にも拘らず、会社側の回答を不満として之を打切るに至り、次で六月十四日、十五日、十七日、二十日の四回の団体交渉がなされ、

(1) 賃上げ問題について

会社は六月十七日最終案として、五〇〇円平均昇給を承認する、但し工員の月給制には応ぜられない旨を回答し、

(2) 臨時工問題について

極く少数の本工員昇格員数を増すことを考慮する旨を回答し、

たが組合は総て之を不満として六月十七日に至り、六月二十一日午前八時より争議に突入する旨を予告し、次で六月二十日

1、六月二十一日午前八時より二十四時間ストを行ふ

2、六月二十一日午前八時より当分の間、時間外勤務及び休日労働並に社命に依る出張を拒否する

旨の争議行為の通告をなし、夫々実行に移された

六月二十二日行われた双方間の団体交渉は不調となり、六月二十三日午前八時より四十八時間ストを行ふ旨の通知があり実行された

次いで六月二十五日組合より

(1) 賃上げ問題、

平均一、五〇〇円とする

(2) 臨時工員昇格問題

整理人員を最少限度に止め、解雇者には平均賃金の六ケ月分を支給のこと

を申入れ、六月二十八日迄に回答を求め、右申入れと同時に組合は六月二十六日午前〇時より二十四時間連続スト(無期限スト)に入る旨の通告があつた

その後七月九日、十一日の両日団体交渉を行つたが、意見の一致を見ず、八月一日、二日、三日の三日間及び八日、九日の両日の団体交渉に於て会社は

賃上げ問題については、五〇〇円(平均)増額の他に若干額を考慮する

旨を回答したが組合は之を不満として不調となり、爾来今日に至る迄ストは続行せられている、

(二) 前記組合の要求は極めて不当なるものである、

即ち

(1) 賃上げ問題

組合は当初一挙に平均三、〇〇〇円ベースアップの無謀極まる要求をなし、次で之を半減して一、五〇〇円に減額を主張するに至つたが、元来会社は昨年四月八〇〇円の平均賃上げをなし、当時の期に於ては会社の利益は約七千六百万円であつた、然るに今期に於ては右八〇〇円のベースアップも影響し総ゆる努力にも拘らず、会社利益は二、〇〇〇万円に激減して居り、現在並に将来の営業状況は相当憂慮すべきものがあり、会社が承認をした平均五〇〇円+α(アルフア)のベースアツプは最大の譲歩であり、組合の要求は株主配当を全廃するも不可能であり、現時の一般経済状勢並に会社の経理状態に照し会社存続の根底を揺るものである。

(2) 臨時工員昇格問題

臨時工員昇格は主として横浜工場三十八名を本工員に採用すべしとの問題であり会社は組合の要求に対し十五名の本工員採用を認めておるものである。

会社の臨時工は短期契約の雇傭であり、現在横浜工場はその主要製品であるレスボスの受註予想は極めて悲観すべき状態であつて、同工場に本工員三十八名の採用は経営上不可能なところである。

以上の如く組合の余りにも過大なる要求は会社の存続を破壊するものであるため、会社は過去数ケ月間総ゆる苦痛と損害の犠牲に於て苦闘を続けてきている事情であります。

第三、

(一)

一、申請人会社は八幡製鉄株式会社より、同会社専属納入商株式会社坂戸商店を経由して

1、昭和三〇年四月八日別紙目録記載の溶鉱炉下敷用カーボンブロツク九〇屯を代金金六百九拾参万九千三百八円納期昭和三十年八月十五日厳守のことと定め、

2、同年四月十五日別紙目録記載の溶鉱炉用カーボンペースト(繋ぎ)一〇屯を代金金七拾弐万四千五百円納期昭和三十年七月三十一日厳守のことと定めて二口合計金七百六拾六万参千八百八円を受註し、

二、輸出商東栄電業株式会社より、昭和三十年六月十五日より八月十日迄に別紙目録記載の輸出用人造黒鉛電極、他ニツプル(継手)一三三屯六三一を、インド及びチリー向輸出のため代金金壱千七百四拾五万弐千六百参拾弐円納期昭和三〇年八月二五日乃至九月十五日厳守のことと定めて受註し

三、輸出商上野半兵衛商店より、昭和三〇年一月二二日別紙目録記載の輸出用人造黒鉛電極、他ニツプル八五屯二〇〇を、ブラジル向輸出のため代金金壱千壱百六拾五万五千参百六拾円納期昭和三十年九月三日厳守のことと定めて受註しました。

(二)

八幡製鉄株式会社は原鉱石より溶解、銑鉄製鋼、製品に至る迄総て一貫作業をなす日本最大の製鉄所であり、洞岡に四基、東田に四基、戸畑に二基の大溶鉱炉を有し、現在一期間の生産高約三百七拾三億円であつて、製品の約二五%は輸出せられ、最近販路を拡張し、半期間生産高六百億円を目標として設備の合理化、拡張をなし、之がために既に増資を完了し、先づ銑鉄増産のために洞岡第三号溶鉱炉の改造に依り、一基の銑鉄日産壱千屯の計画を樹て、之がため炉底下敷用の煉瓦を従前のシヤモツト煉瓦を排して耐熱度の高いカーボンブロツクを充つることとなし、細密なる設計に基き之を申請会社に対して発註し、会社は右受註に係る別紙目録記載のカーボンブロツク九〇屯及びカーボンベースト一〇屯を富山工場に対して製造命令を発したものであつて右の如き高度のブロツク及びペーストは共に申請会社富山工場を措いては他に之が製作は殆んど至難なものであります。

右洞岡第三溶鉱炉の火入予定日は来たる十二月五日であつて炉底ブロツクの敷設以外の一切の設備を殆ど完了し、申請人会社に対して至急発送方厳重督促あり、富山工場は之が完成の遅速は国家的問題であるため時恰かもスト中であつたにも拘らず、富山工場長以下数名の者に於て臨時傭員を指揮して文字通り不眠不休、既に其の全部の製作を完了しているが、被申請人組合のストのため之が発送をなす能わざる事情である。

一面八幡製鉄所より矢の如き督促をなし来たり、同会社の担当掛長は既に八月三十日東京本社を出発して八幡に至り、之が検収受入を待機して居り、申請会社は今や絶対的な窮地に追い込められている事情であります。

八幡製鉄所は十二月五日火入の予定を以て一基日産壱千屯を製造し、之に依る製品類を既に夫々海外に輸出契約を結びおり、若し申請会社の炉底用ブロツク及ペーストの発送が遅延するに於ては十二月五日の火入式も亦遅延し、その増資完了に伴ふ増産計画に依る販売特くに輸出契約不履行の止むなきに至り、莫大なる損害を蒙るのみならず日本国の不信を海外に曝し、将来の輸出に比座を招く国家的の損害を蒙るに至るものであります。

而かも之に依つて生ずる金銭上並に取引信用上の損害の責は挙げて申請人会社に帰し申請会社は日夜焦慮している事情であります。

(三)

輸出商東栄電業株式会社より受註に係る別紙目録記載の輸出用人造黒鉛電極他ニツプル計一三三屯六三一は同会社の手を経て、インド及びチリーに輸出せらるるものであり、

輸出商上野半兵衛商店より受註に係る別紙目録記載の輸出用人造黒鉛電極及びニツプル計八五屯二〇〇はブルジルに輸出せらるるものであつて、

この合計金額は金弐千九百拾万余円の巨額であり、共に富山工場に於て製造を完了し之が発送を焦慮しているが、同様被申請人組合の久しきに亘たるストに依り発送不能となつているものであります。

当社は終戦後海外輸出を画し、技術の向上と経営の合理化に依り、過去数ケ年間の犠牲に依つて今日漸く遂次海外に信用を得てその発註を受くるに至つたが、海外商人との取引中最も重要なるは納期の厳守であつて、若し契約上の納期を著しく遅延するに於ては事情の如何を問わず解約せられて害金の支払を要するのみならず、切角今日漸く築き上げた海外販路を失い、延いては日本貿易の海外市場を失ふものであつて、その損害は計るべからざるものであります。

依つて貿易商社たる東栄電業株式会社並に上野半兵ヱ商店に対し会社争議の実情を述べて延引を願つておりますが、商社としては船積の関係もあり、之亦時日の遷延を許さず、現在解約一歩手前にある事情であります。

第四、

以上の如く、申請会社は最早一日の遷延をも許さず、依つて止なく会社工場に現存する別紙目録記載の物件を搬出し、富山駅より八幡駅えは指定列車に依り、又東栄電業株式会社及び上野半兵ヱ商店分についても夫々東京、横浜え発送のため運送業者に依頼して数輌のトラツクを以て九月七日午前四時頃より之が運搬を開始したるところ、同日午前四時過頃被申請人組合富山工場従業員は大挙して実力を以て之が運搬を全面的に阻止するに至りました。

即ち

申請人会社は前記八幡製鉄株式会社及び輸出向の特に緊急発送を要する製品の運搬につき、被申請人組合富山工場従業員との摩擦を避けんことを考慮し、九月七日午前四時頃より富山通運株式会社に依頼し、差当りトラツク八台を以て、始め工場裏面より搬出せんとしたところ、六台迄は幸に無事裏門を通過し得たが、午前四時十分頃に至り被申請人組合員多数に依つて裏門は閉塞せられ多人数にて同門の外側に多数の大石及び木材を並べて之を阻止したので搬出不能となつた、依つて会社正門より搬出せんとしたところ、組合員が正門及び正門内側通路に於て約十名宛が三層にスクラムを組んで立ち塞り、或はトラツクの運転台に飛び込み、或は運転手のハンドルを握つている手を掴んで離さず運転不能ならしめ、工場長その他が数回に及んでトラツクの通行方を求めるも応ぜず、依つて止なくトラツク二台は工場内に戻り残置しており、現在も約四十数名が正門附近に又裏門にも若干名が常時監視している状況であつて、今後の出貨は全く不能となるに至りました。

前記六台のトラツクに依つて八幡製鉄所へ発送すべきカーボンペースト一及〇屯びカーボンブロツク十八屯のみを搬出するを得たが、残余のカーボンブロツク七十二屯及び輸出向の製品は全部搬出不能であり、今後之が発送積込等には約正味五日乃至七日間を要するものであります。

第五、

労働争議に於ける組合員のピケツテインは、単なる説得又は団結に依る示威等の集団行為の伴ふ心理的圧迫が、その正当性の限界であり、一面会社がその事業のために製品の搬出をなすことも会社当然の権利として認容せらるべきものであつて、組合員は前叙の如きピケその他暴行に近い行為を以つて会社のなす製品の搬出運搬の妨害をなし得ないものであることは判例としても殆んど定まつているところでありますので申請人会社は前叙の如き事情に追い込まれ最早一日の遷延をも許し難い急迫なる事情にあるので、申請の趣旨記載のような御裁判を仰ぎたく本申請に及びました。

追而申請人会社としては、国内需用向きの多数の受註品をも発送を要するのであるが、本申請に於ては特に緊急を要する八幡製鉄株式会社及び輸出向の製品に限定しました。

疎明方法〈省略〉

昭和三十年九月八日

申請人代理人 高井千尋

富山地方裁判所 御中

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